東日本大震災の活動記録

秦野赤十字病院から救護班

  • 活動日 2011年3月16日(水)~18日(金)
  • 活動場所 石巻赤十字病院
  • 活動要員 医師、看護師長、看護師、薬剤師、主事、調整員、支援要員
  • 活動概要

 日本赤十字社神奈川県支部では、秦野赤十字病院から救護班を石巻赤十字病院へ向け派遣しました。救護班の支援要員として、山岳奉仕団から団員が加わり随行しましたので、以下にその様子を報告します。なお、支援要員の任務は、救護班の生活支援が主なものです。

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 東北自動車道は、緊急車両のみが通行を許可されており、制限速度も50㎞に制限されていました。那須塩原を過ぎるころから、道路は所々で波打っている状況が確認でき、注意深い走行を余儀なくされました。

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 また、今回の震災の影響と中東の動乱等が影響し、現地での燃料補給は困難が予想されるため、サービスエリアでは必ず給油をして行きました。

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 石巻赤十字病院に到着後、災害対策本部に到着報告、現地スタッフ等との打ち合わせののち、直ちに最初の巡回診療に出向きました。

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 最初の巡回先は、青葉中学校でした。この日も冷たい北風が強く吹き、被災された住民の方々には、厳しい状況で有ったと察します。校舎の一角に診療室を設置し、並んで順番を待っている被災された方々に、医師からの診療が行われました。

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 その日は、初日にもかかわらず、我が救護班は夜勤の任務となり、医師や看護師は懸命の診療活動を続け、その翌日もまた翌日も市内の巡回診療を実施しました。

 日暮れとともに災害対策本部に戻り、戻ってくる救護班と災害対策本部とのミーティングに加わりました。災害対策本部のスタッフからは、厳しい現状の報告がありました。石巻市内で、活動できている病院は辛うじて3か所ほど、厳しいながらも確実に機能できているのは石巻赤十字病院のみとのこと。

 市内には300か所の避難所が有るとの状況が確認されており、避難されている方々の病状や症状を把握することが急務と報告されました。今回は、全国の赤十字病院から20班前後の救護班が、交代しながら駆けつけており、懸命な巡回診療が実施されています。また、院内では不眠不休の診療が行われており、正面玄関には昼夜を分かたず、被災された方々が次々に訪れてこられます。

 市内の開業医や診療所、大病院も殆どが機能を失っており、全国組織を持つ日本赤十字社の医療チームは、その機能をいかんなく発揮する必要があると感じました。

 そして、帰路の車中で、我々一人一人が、今回の震災について、何ができるか、何が貢献できるか、しっかりと考えて行動することが求められていると感じました